2021/09/30

近世の獄衣「御仕着」について

近世の獄衣「御仕着」について

前回、久保井規夫著『江戸時代の被差別民衆』の「口絵」の中から、58番目の写真「渋染の獄衣」の図を転写して、コメントさせていただきました。

『部落学序説』の筆者は、無学歴・無資格で、歴史学についてはただの素人です。「常民」の学としての「民俗学」の対極として、「非常民」の学としての「部落学」について、この数年間、ブログ上で文章を作成してきましたが、近世幕藩体制下の岡山藩の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者からはげしい怒りをかって、「非難中傷」・「罵詈雑言」にさらされています。

岡山藩の「渋染一揆」に関する、誠実な研究をしてきた、元中学校教師・久保井規夫に対する筆者の批判は、単なる「非難中傷」・「罵詈雑言」でしかないと受け止められた、他の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者から、彼らの考える限りの「非難中傷」・「罵詈雑言」を受けているのですが、筆者は、「渋染一揆」の学者・研究者・教育者たちについては、柴田一・川元祥一氏をはじめとして、ほとんどの人と面識や交流がありません。

筆者の手元にあるのは、彼らが書いたテキストとしての「論文」だけです。

筆者は、その「論文」を精読して、公開している、「部落学」の研究方法に従って、そのテキストを批判検証しているに過ぎません。「渋染一揆」に関する「論文」を、批判検証するために引用することは、著作権の例外事項です。

だれでも、引用して、批判検証することができます。

インターネット上の諸論文も、著作権法によって守られていますが、「論文」の中で、そのテキストを批判検証することは、例外事項として認められています。「論文」の執筆者が、学歴をもっているかどうか、資格をもっているかどうか、それは関係ありません。無学歴・無資格であろうとなかろうと、すべての著作物に対しては、「論文」の執筆に際して、批判検証のための引用・参照がみとめられているのです。

筆者が、久保井規夫著『江戸時代の被差別民衆』に収録されている文章は図絵を引用することも、その他の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者が執筆してPublishingした論文や図絵を引用することも、<批判検証>の範囲であれば、何の問題もありません。

筆者は、久保井規夫氏が、その著書『江戸時代の被差別民衆』の中で、「渋染の獄衣」として、紹介されている「堺県」の囚人が身にまとっていたという「法皮図」・・・、岡山藩の「渋染一揆」関連の史資料にでてくる「渋染・藍染」と関連させて、「柿色染」を「渋染」と説明抜きで訳し変え、「渋染一揆」と関連づけられることに違和感をおぼえます。

理由は、簡単明瞭です。

「渋染一揆」は、近世幕藩体制下のできごと、「堺県」の「法皮図」は、明治初期、近代のできごとです。近世のできとごとである「渋染一揆」を、近代の司法制度の用語で理解することが適切なことであるのかどうか・・・、という疑問です。

近世幕藩体制下の「獄衣」について、石井良助著『江戸の刑罰』(中公新書)の文章をてがかりに考察してみましょう。

筆者、無学歴・無資格、それに、歴史学についてはまったくの門外漢故、いまだに、近世幕藩体制下の司法・警察システムについて全貌を把握することができません。「牢屋」に入れられることと、「人足寄場(にんそくよせば)」に送られることとの区別ができません。

筆者の限界を前提に読んでくださればさいわいですが、石井良助著『江戸の刑罰』では、「牢屋」に入れられた人と、「人足寄場」に送られた人とでは、「衣類」についての規則が異なります。

「牢屋」においては、家族・親族・知人・友人からの「衣類」の差し入れが認められていました。もちろん、入牢した人に身分によって、差し入れすることができる「衣類」の種類は決められていましたが、身分的規制の枠組みの範囲であれば、その「衣類」の種類・色等についての制限は何もなかったようです。場合によっては、絹でできた「衣類」すら身につけることができたようです。

しかし、「人足寄場」に送られた場合は、「衣類」は、「御仕着」を身につけることが強制されたようです。

この「人足寄場」、「寛政二年(1790)に火附盗賊改長谷川平蔵の建議」によって、それまでの、犯罪者に対する「隔離中心主義」をやめて、「かれらに更生の途」を開こうとしてはじめられた、受刑者に対する「授産」施設としてはじめられたものです。

裁判にかけられたあと、犯罪者は、この「人足寄場」に送られて、「寄場人足」として守らなければならない「寄場の条目」を読み聞かせられたあと、それまで着ていた「衣類」をはぎとられて、「寄場の御仕着」を着せられた・・・、といいます。

「御仕着は冬は綿入れ、夏は単衣で、夜具には柿色の布団」が支給されたといいます。「御仕着」の着物の色は、「柿色」です。

岡山藩の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者たちは、「それ、見たことか!」と筆者に詰め寄るかもしれませんが、問題は、色ではなく、その「柿色」の「御仕着」に染め抜かれた<紋>です。石井良助氏は、その「御仕着」をこのように説明しています。

「寄場の御仕着である柿色に水玉を染め抜いた木綿の筒袖半纏・・・」。

筆者は、その「獄衣」を見たことはありませんが、石井良助氏が引用抜きで紹介されているところをみると、もしかしたら、インターネット上の早稲田大学等の<浮世絵閲覧システム>等で閲覧、確認することができる可能性もあります。

「柿色に水玉を染め抜いた木綿」の着物・・・、一般の民衆が、ひとめみて、その当時の受刑者、「寄場人足」であることが識別できたのではないかと思われます。脱獄した場合、その「柿色に水玉を染め抜いた木綿」を身にはおった受刑者は、たちまち、番屋に通報されて、逮捕されたことでしょう。

江戸で成功した「人足寄場」・・・、幕府は、天領や諸藩に対しても、「人足寄場」と同等の「徒刑場」(江戸時代は、「ずけいじょう」と読むそうです)を作ることを奨励したそうです。

大阪・函館・長岡藩・秋田藩には「寄場」、京都には「仮寄場」、水戸藩・松山藩には「徒刑場」、福岡藩には「徒罪場」が設置されました。熊本藩は、江戸の「人足寄場」に先立つ宝暦5年(1755)年に「徒刑の制」を敷いていたそうです。

熊本藩では、受刑者は、「紺色の上着」を着せられ、牢屋外で、「開墾、溝浚・道路修理・城内普請」の作業に従事させられたそうです。熊本藩の「紺色の上着」、いわゆる「藍染の衣類」は、「御仕着」として、身につけることを強制されたものです。

また、インターネットで検索してみると、「小倉藩」の実例として、「「ト」の字のついた白いはっぴ」を着せられて、「徒刑」に服していた人々もいたようです。

前回と今回、筆者の文章のなかで紹介申し上げたのは、「境徒」・「ト」・水玉の紋の染め抜かれた「茶」・「紺」・「白」色の「御仕着」です。

しかし、『部落学序説』の筆者は、これまで書いてきた内容に従って、このように発想します。

近世幕藩体制下において、犯罪を犯して逮捕され、裁判にかけられ、寄場・徒場に送り込まれた受刑者が身にまとうために与えられた「御仕着」(茶色・紺色・白色)と、近世幕藩体制下の司法・警察である非常民としての「穢多・非人」が身に羽織ることを求められた「渋染・藍染」(茶色・紺色)と何の関係があるのか・・、と。

現在の刑務所において、刑務官と受刑者が同じ系統の色の服をきているからといって、刑務官を受刑者とは同じ存在、差別され抑圧された存在である・・・、と判断することが事実誤認であり、悪しき曲解であるのと同じように、近世幕藩体制下の現場の司法・警察官として従事していた「穢多非人」役のひとびとを、当時の法を犯して捕縛・裁判にかけられ寄場・徒場おくりとなった犯罪者と、同じ、「茶」系統の色、あるいは、「青」系統の色の服を身にまとっているからといって、十把一絡げにして、同じ、「賤民」という概念でまとめるのは、まったくの事実誤認、悪しき曲解です。

部落研究・部落問題研究・部落史研究の学者・研究者・教育者の研究・論文の中に通底している差別思想である「賤民史観」は、「取り締まる側」と「取り締まられる側」を同一視してやみません。

『部落学序説』の筆者の視点・視角・視座からみますと、岡山藩の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の「渋染一揆」に関する研究は、この「賤民史観」に裏打ちされたものであり、差別思想の発露に過ぎないと思われます。

「権力」とは無関係な筆者は、「裸の王様」に出てくる、王様の裸を指摘するこどものように、虚心坦懐な気持ちをもって、岡山藩の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の「賤民史観」的解釈を、差別思想・差別的言辞であると<断定>します。

岡山藩の「渋染一揆」の学者・研究者・教育者の方々(岡山県教育委員会に所属する方々でしょうか・・・)、ぐたぐた文章を並べ立てて、結論を先にのばさないで早く言え!と言われますので、結論を先取りしました。

差別思想である「賤民史観」に裏打ちされた、「渋染一揆」に関する研究をもとに、近世幕藩体制下の司法警察である非常民としての「穢多・非人」を「賤民」として、教育の現場で指導するのは、悪しき<差別行為>です。

「百姓の目から見た渋染・藍染」・・・、まだまだ、批判検証を続けます。

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