2021/10/01

同和地区

同和地区

昭和35年(1960) 同和対策審議会設置法、公布・施行
昭和38年(1963) 同和対策審議会が同和地区全国基礎調査を実施
昭和40年(1965) 同和対策審議会、内閣総理大臣に、同和地区に関する社会的、経済的諸問題を解決するための基本方策について答申
昭和41年(1966) 総理府設置法改正で総理府付属機関として同和対策審議会を設置
昭和42年(1967) 総理府、全国同和地区実態調査を実施
昭和43年(1968) 同和対策審議会、首相に、同和対策の促進に関する特別措置法法案要綱を提出
昭和44年(1969) 同和対策事業特別措置法案、成立
昭和46年(1971) 総理府、全国同和地区実態調査を実施
昭和49年(1974) 内閣総理大臣官房同対室、同和地区精密調査を実施
昭和50年(1975) 総理府、全国同和地区実態調査を実施
昭和57年(1982) 地域改善対策特別措置法案、参院で可決成立
昭和59年(1984) 地域改善対策協議会、今後における啓発活動のあり方について意見具申
昭和60年(1985) 総務庁長官官房地域改善対策室が、全国同和地区に生活実態把握調査
昭和61年(1986) 地対協意見具申出される
昭和62年(1987) 総務庁地対室より、啓発指針出される。地対財特法、成立

『部落解放史下巻』(解放出版社)に資料として添付されている「部落問題関係略年表」から、同和対策事業に関する立法・行政側の項目を抽出したのが上記の年表です。

昭和44年(1969)に同和対策事業特別措置法案が成立する前に、すでに、「同和地区」が指定され、「同和対策事業」が実施されていました。昭和44年の同和対策事業特別措置法によって、一部地域で試験的に行われていた同和対策事業は、全国的に展開されるようになります。

「同和立法」の下、「同和行政」によって、「同和事業」が展開されるのですが、その「同和対策事業」は、国・地方公共団体によって、「多方面に渡って」展開されていきます。

同和対策審議会の委員を最初から担当し、のちに、地域改善対策協議会の会長をされた磯村英一は、その著『同和問題ハンドブック』(公務職員研修協会発行、1987年)の中で、同和対策事業の「実態が、必ずしも明らかでない」ことを指摘、「このこと自体が、同和対策事業の実施が、国民の監視の目からはずされており、密室の中の行政と取沙汰される原因」となっているといいます。

磯村英一は、「同和行政」は、一方では、国民に対して、同和問題の解決は、「国民的課題」であると主張しつつ、一方では、そのために実施される「同和対策事業」については、国民を寄せつけず、批判すら許さない「密室の中の行政」に終始している以上、「同和対策事業」は国民の了解を得るにいたらない旨発言しておられます。

磯村英一著『同和問題ハンドブック』が出版された1987年当時の話ですが、磯村は、「いまだかって、国及び地方公共団体を含めた”事業総覧”は、つくられていない。」といいます。一説にいわれる「33年間15兆円」といわれる同和対策事業が、具体的にはどのような事業として実施されたのか、その「事業総覧」が作成され、同和対策事業終了とともに、「PLAN・DO・SEE」(計画・実行・評価)の「SEE」(評価)という総括が実施されたのか・・・、筆者は寡聞にして何も知りません。

昭和44年の同和対策事業特別措置法に端を発する全国的規模の「同和対策事業」は、何ら、批判検証という「総括」が実施されることなく幕引きが実施されたように思われます。

今から約20年前、磯村英一は、「同和対策事業」「主体」である「同和行政」の問題点を指摘していました。同和対策は「事業」としてのみ展開されたのですが、その「対象地域」は、「同和行政」によって、「同和地区」として指定された地域にのみ限定されていました。全国に散在する「被差別部落」は、「同和対策事業」「対象地域」になるためには、「同和行政」から「同和地区」の指定を受けなければなりませんでした。近世・近代を通じて「被差別部落」であると「被差別部落」内外から認知されていても、「同和行政」によって「同和地区」の指定がなされない限り、その「被差別部落」に対して同和対策事業が実施されることはありませんでした。

どこからどこまでが「同和地区」なのか・・・。

それを決めたのは、全国の地方公共団体(県・市町村)の「同和行政」でした。「同和地区」の指定の方法は、全国的に多種多様であったそうですが、山口県の部落問題関連資料の中に、山口県光市の被差別部落「浅江」の地図があります。通常、被差別部落の在所を、現在の地図の上で具体的に表示してそれを不特定多数の閲覧に供するというのは、「差別」行為であるとの指摘を免れ得ません。

しかし、山口県の公立図書館の郷土史料室に行けば、光市の被差別部落「浅江」の在所を地図上で目で見て確認することができます。もちろん、「浅江」というのは、「大字」であって、広範な地域をさします。被差別部落は、その広範な地域の一角でしかありませんが、被差別部落の名称に「浅江」が一般的に使用されます。

筆者は、はじめてこの地図を見たときから、「山口県は不思議なところだな・・・。光市の被差別部落の住人もそれが差別文書だとは指摘しない・・・。なぜなのだろう・・・。」と思っていました。

あるとき、被差別部落のひとから、光市浅江で行われた同和対策事業の話を聞いて、納得する・・・、ということがありました。そのひとがいうには、光市は、同和対策事業を実施する上で、光市は、「同和地区」として、浅江の「被差別部落」を含も広範な地域を指定したというのです。そして、同和対策事業を、「被差別部落」の周辺から「被差別部落」の中心へと「同和対策事業」を展開していき、事業完了とともに、その地域を「同和地区」から外していったというのです。そして、最後に、本来の「被差別部落」だけが「同和地区」として残った・・・というのです。

ということは、光市の同和対策事業を追跡していくと、「同和地区」の指定がなされた地域が特定できるということです。その資料の年代によっては、同和地区であったり、なかったりするわけです。

「同和地区」は、従来の「被差別部落」だけだと思っていたら、その周辺にあって「一般地区」とされている箇所もかっては「同和地区」として「同和対策事業」が実施されていた・・・ということにもなりかねないのです。住民の知らないとことで、その住民の住んでいる地域が「同和地区」に指定され、住民の知らないところで、その住民が「同和地区住民」にされてしまっている・・・という事態にもなりかねないわけです。

「同和対策事業」の主体は、「同和行政」にあります。この「同和行政」が、自由に、「同和地区」を指定し、その地区で「同和対策事業」を実施していたのです。

一般住民にほとんど何も知らせることなく、「同和行政」を恣意的に実施していた可能性があります。しかし、このことは、多くの問題を含むことになります。そこで、「同和行政」は、行政の都合で指定された「同和地区」を排除する必要があります。そうしないと、いつかそのことが一般住民に露顕して大問題に発展しないとも限りません。

そこで、光市浅江の「同和地区」はどこなのか・・・、住民が調べにきたとき、光市浅江の「同和地区」は、「被差別部落」(歴史的な旧穢多村)ですよ・・・、と確認させ、不安を払拭させるために、山口県下の公立図書館の郷土史料室において、光市浅江の「被差別部落」の所在を公開し続けているのではないか・・・、筆者はそのように考えたのです。

磯村英一は、「同和行政に実践を難しくしている最大の原因」は「似非同和行為」(『部落学序説』の筆者の表現)にあるといいますが、その「似非同和行為」は、磯村英一が指摘している「民間運動団体」だけとは限りません。「同和行政」も著しく逸脱して、「同和対策事業」を実施してきた可能性があります。

不正が不正をよぶというか、悪が悪を呼ぶというか、そういうことで、「官」による「似非同和事業」は、「官」にとどまらず、「民」による「似非同和事業」へと発展してしまったのではないかと思います。広範に指定された「同和地区」の住民(しかし、実際は被差別部落住民ではなく一般住民)から、それをたてにとって「同和対策事業」にともなう利権を要求された場合、「同和行政」は拒否できなかったのではないかと思います。

マスコミの多くも、「同和行政」の不正を認識しつつ、「”触れたくない”という姿勢をつづけてきた」(磯村)といいます。「同和行政」が、自らの姿勢を正し、「同和行政」の不正と頽廃を自ら「断固として排除」すれば、同和対策事業に対して国民の信頼を損なうことはなかったことでしょう。

地方行政が、国の同和対策事業費の「利権漁り」をし、また、その地方行政の同和対策事業について、被差別部落内外が暗黙の同和対策事業費の「利権漁り」を繰り返す・・・、そんな構造が見え隠れします。

同和対策審議会答申の理念から著しく逸脱した「同和行政」・「同和対策事業」は、「同和対策事業」「主体」である「同和行政」「主体性」の欠如に由来します。今日、問題・事件としてとりあげられる「同和対策事業」は、すべからく、「同和行政」「主体性」の欠如に由来します。「同和地区」指定を厳密に指定していれば招来することがなかった不正ですから。それを許した「同和行政」の責任は非常に重いものがあります。

かっての同和行政の担当者の方に質問します。

「同和対策事業」とは何だったのですか。国民に、分かりやすく説明し、具体的に列挙してください。

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