2021/10/04

百姓と穢多

賤民史観は、はだかの王様の、

目には見えない、詐欺師の衣装。
みんな、それが現実に、あると思っているけれど、
そんなもの、本当は、どこにもありゃしない。
わたしには、見えない。本当にみえない。
ないからないと言って、なぜいけないの?
もともとないのは、幻想よ。

賤民史観は、無能な学者のかくれみの。
なんでもかんでも、「賤民」と、いう器に、投げ込めば、済むと思っている。
怠惰な、歴史学者のための、便利な道具。
味噌も糞もいっしょにし、
賤民解放令、なぞとのたまわる。
江戸の風俗取り締まる穢多と、遊女をごちゃまぜにして、
差別は、複雑怪奇・由来不詳とのたまわる。
説教強盗顔負けの、歴史学者を信じるな。

賤民史観脱ぎ捨てて、裸になったらわかるぞな。
歴史学者も部落のひとも、人間みんな同じだ。
むしろを旗に声をあげ、
竹や鍬を振りかざし、一揆起こした百姓の
末裔なればわかるぞな。

そのときどこにいたのやら、穢多と茶筅と宮番は。
うらみつらみはないければ、本当のことをいってやる。
あんたは当時の警察官。たくさん集まりゃ機動隊。
非常のときはかけつけて、盗人捕まえ、村守る。
差別どころか、感謝のことば。

中にはいるぞ、規律違反。
盗人働きする警官、そんな不祥事探し出し、
差別、差別とはなんなんぞ。
悪いことすりゃ警官も、お縄を受けて牢暮らし。
村人みんな寝静まる、冬の夜空のその下で、
村の家々見て回る、そんな姿もみてるぞな。
百姓みんなそのせいで、朝がくるまで安眠よ。

明治に入り、全国津々浦々に、番人配置したのは天皇だ、
そんなたよりが届いた日、嬉し涙にむせぶ穢多。
やっと苦労が報われた・・・。

そこへ、おいかけるようにやってきた、知らせときたら、外交上の問題で、
近世警察解体を、しなきゃならぬという知らせ。
日本の国辱・治外法権撤廃の、ために、犠牲になりやんせ。
身に与り知らぬ草莽の汚名をすべて着せられて、
野に放たれて呻吟す。
お上のためなら耐えねばならぬ、
そんな忠義がわざわいし、いつのまにやら差別のるつぼ。
出るに出られぬ罠の中。

由緒正しき百姓は、いつまでたっても常民よ。

穢多や茶筅や宮番は、そんな常民守るため、
何ぞ非常のあるときは、一身すべて投げうちて、治安の維持にはげみたる
穢多の名前は非常民。

庄屋と村の三役は、十手持つ故、穢多や茶筅と同じぞな。
かれらもみんな非常民。丑松、半蔵、同じぞ。
由緒正しき貧(どん)百姓の末裔語るこのはなし、
ほんとうの、ほんとうの話ぞよ。

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※この文章は、「部落解放同盟の方」の要望に答えたものです。彼は、「『部落学序説』で何を訴えようとしているのか、最初に結論を明示すべきである・・・」というのです。筆者は、『部落学序説』で大切なことは、論証の「過程」であって、「結論」ではない・・・と主張したのですが、彼は納得できず、あくまで「結論」を先取りしようとしました。『部落学序説』の初期の大切な読者でしたから、彼の要望に応えて、書いたのが、上記の「詩」です。しかし、結局、「部落解放同盟の方」には、筆者の考え方はつたわらなかったようです。

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