2021/10/04

部落学の定義

 部落学の定義

第1章で、「穢多は非常民である」と定義付けをしました。

この定義に至るまで、私は、十数年に渡り、試行錯誤を繰り返してきました。定義の仕方については、近藤洋逸著『論理学概論』(岩波書店)に依拠しています。近藤は、「問題解決の過程の中で概念が形成される」と書いていますが、部落学の固有の研究対象である「部落」を定義する場合も同じことが言えるのではないかと思います。部落差別完全解消を目的とした研究過程の中で、自ずと必要な定義が形成されていきます。

定義は、一度の定義で、完全な定義をすることはできません。

仮説的に定義された概念を、その内包と外延を検証することで、更に、より正確な定義を模索していくことになります。具体的には、まず、概念の内包(「共通な性質」)を抽出することで、その概念の外延を確定していきます。そこで確定された外延を検証して、設定された内包が正しいかどうか検証していきます。外延に問題があれば、更に、内包を定義しなおし、更にそれに基づいて外延を把握し直します。定義には、「無限」を感じさせるほど、多くの時間と作業の繰り返しが必要になります。私は、その結果として、「穢多は非常民である」と定義することになったのです。

「部落学」固有の研究対象が明確になりますと、部落学固有の研究方法は必然的に決まります。

「民俗学」が、常民に対する学であるなら、その常民の対極にある非常民を研究する「部落学」は、「民俗学」の研究方法をかなりな部分、援用することが可能になります。

「民俗学」は、①歴史学、②社会学・地理学、③宗教学の学際的研究であると言われますが、「部落学」も、それらの個別科学研究の学際的研究として設定することができるようになります。

「民俗学」と「部落学」で総合される個別科学研究の科目内容が同じであるなら、「民俗学」の対極になぜわざわざ「部落学」を構築する必要があるのかと考えられる方もおられるかも知れません。

私が「部落学」構築を提唱するのは、「民俗学」が、研究の対象にしている民俗の世界は、神道の世界を前提としているからです。柳田国男が想定している民俗の伝承の器である「村」は、仏教伝来以前の日本の村ではなく、明治政府が描いていた近代日本の構成要素たる村であったからです。柳田国男の民俗学は、多分に明治政府、日本国家のイデオロギー的側面を持っています。

五来重は、「柳田民俗学は、宗教の点においては神道のほうに傾いていたといえると思います。そんな中で私が仏教民俗学といいだしたのは、庶民の側の仏教史をどうとらえたらいいのかと考えたことからなんです」と、宮田登との対談の中で語っています(『歴史公論№52日本の民俗と宗教』)。また、「柳田国男先生のなかに神道なり国家主義なりに同調するような方向があり、その方面をおしすすめた観はありますね」とも言っています。宮田も「ほとんどの民俗学研究者たちは仏教学を知らない。だから現実に調査したときにも・・・」、正しい聞き取り調査ができない可能性を示唆しています。

私は、「部落学」の研究方法としては、宗教学に神道に仏教を付加するだけではまだ不十分であると思っています。もうひとつの宗教、キリスト教を付加すべきであると思います。

日本古来の「非常民」が、「軍事」と「警察」に二極化されたのは、嵯峨天皇の時です。

『新天皇系譜の研究-万世一系の演出と実態』を書いた角田三郎は、陸軍航空士官学校を出ますが、戦後、キリスト教に転身します。そして、天皇制批判を展開していくのですが、彼は、知る人ぞ知る、江戸時代の漢学者・新井白石の末裔です。彼は、風のうわさでは、靖国違憲訴訟を準備していく段階で、体制がしかけた罠に陥り、挫折を経験させられたと聞いています。

角田は、その書の中で、評価できる天皇の中で、最上位に推すことができる天皇として嵯峨天皇の名をあげています。

その理由のひとつに、「彼の政策の穏健さ」をあげています。具体的には、嵯峨天皇が、天皇家の血で血を洗う皇位継承問題の悲惨さを繰り返さないために、「軍事」と「警察」を分離し、「治安維持のための検非違使の創設」をしたことを取り上げています。

犯罪を未然に防ぐことを目的として設置された警察制度は、効を発揮して、「そしてこの後340年間、保元の乱まで、朝廷の手による死刑執行が止められたことも有名なことです」と言います。

検非違使が制度化される以前は、「非常民」は、「軍事・警察」が渾然と一体化したものであったのですが、検非違使が制度化された以降は、「軍事」と「警察」の両機能は分離され、戦時ではない平時にあっても有効に機能する、治安維持のための制度ができあがったわけです。検非違使制度は、古代律令制から見ると、「制度外制度」であり、そこに従事した人々は、「身分外身分」ということになります。検非違使制度は、時代を超えて温存され、日本の全国津々浦々に、「番人」として配置されていきます。彼らの姿は、藍染めの衣装(制服)を身にまとった、一目で分かる存在でした。

私は、その存在を、「衛手」(まもりて)と認識して、その「衛手」の漢語読みを「エタ」と推測したわけです。「衛手」は、江戸時代まで、文字としては「守手」(まもりて)として伝えられていましたが、文字としての「衛手」が失われ、音としての「エタ」のみが残っていったと推測したわけです。

網野善彦は、『歴史を考えるヒント』(新潮選書)の冒頭で、以下のように述べています。

「日常、われわれが何気なく使っている言葉には、実は意外な意味が含まれていることがあります。あるいはまた、われわれの思い込みによって言葉の意味を誤って理解していることもしばしばあるのです。歴史の勉強をしていると、そういうケースに直面することが少なからずあります。しかも、そうした問題を考えることによって、従来の歴史の見方を修正せざるを得なくなったり、現代に対する理解が変わって、世の中がこれまでと違ってみえてくることさえあるの">ではないかと考えます」。

今日、「穢多」という言葉については、暗くて惨めなマイナスイメージの響きしかありません。しかし、私は、「穢多」という概念を再定義していく中で、「穢多」の属性として、「衛手」(エタ・非常民)に到達したのです。

この「エタ」は、歴史の進展の中で、徐々に社会的に重要な存在になり、その職務内容が増大していきます。

様々な職務を担っていくようになります。その内容は、明治以降の近代警察の職務内容とほぼ匹敵する内容です。実に多種多様な仕事に従事していました。「穢多」の立場からすると、「穢多」という言葉は、「多くを穢す」意に受け止められていたように思われます。

少岡ハ垣ノ内
山部は穢す皮張場
長吏の役ハ高佐郷
何そ非常の有時ハ
ひしぎ早縄腰道具
六尺弐分の棒構ひ
旅人強盗せいとふし
高佐郷中貫取

山口県立文書館の研究員・北川健が発掘した、長州藩の近世穢多村の伝承の中に、「山部は穢す皮張場」という一節がありますが、「穢す」という言葉は他動詞です。穢多が、主体的に働きかける存在になります。ここでいう「穢す」という言葉は、『広辞苑』(初版)の説明では、「人格・実力のない者が高い地位に就く。また、自分がある地位や席につくことを、謙遜していう。」意味にあたります。

「穢多」というのは、「穢れ多し」と読むのではなく、「多くを穢す」と読むべきではないのかと、私は、推測するわけです。近世の非常民である「穢多」の特質は、その職務に、さまざまな警察機能に加えて、「宗教警察」が含まれたことにあります。ここでいう、宗教とは、キリシタンとか日蓮宗の不受不施派、悲田宗、三島派など、「邪宗門」とラベリングされ、幕藩体制下で禁教扱いされていた宗教のことです。特に、穢多に課せられたのは、キリシタンに対する取り締まりでしょう。長州藩の史料の中には、穢多たちに対しては、キリシタンを取り締まるように指示が記されたものがあります。

近世穢多のはじめと終わりは、キリシタン弾圧のはじめと終わりに平行していることは、多くの部落史の研究者が指摘しているところです。もちろん、それを解明したひとはいませんが・・・。

私は、これらのことから、民俗学レベルの宗教学(神道中心)では、非常民の本質を十分に描ききることはできないと思っています。さすれば、「仏教民俗学」を補助科目として付加すればそれで十分かといえば、それでも不十分であると思っています。やはり、「神道民俗学」・「仏教民俗学」だけでなく、「キリシタン民俗学」も視野に入れないと、穢多の本質は把握できないと思っています。

私は、「常民」を固有の研究対象とする「民俗学」の部分的修正だけでは、「非常民」について十分に迫りうるものにならない、やはり、「民俗学」とは別に、「非常民」の学としての「部落学」を構築する必要を感じてしまうのです。

ここで、命題2を設定します。

「部落学は、<穢多は非常民である>という命題を、歴史学、社会学・地理学、宗教学、民俗学の個別科学研究を総合して実施される学際的研究であり、そのことによって部落学固有の研究対象である「部落」の歴史と本質を明らかにし、差別・被差別の立場を問わず、すべての人を<賤民史観>から解放し、日本社会の病巣である部落差別の完全解消に資することを学的課題とする」。 

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