2021/10/01

「水平社宣言」の本文批評

「水平社宣言」の本文批評


『忘れさられた西光万吉』の著者・吉田智弥氏は、「「水平社」創立大会「宣言」」である「水平社宣言」は、「厳密にいえば何種類もあります・・・」といいます。

「文章は基本的には一つですが、漢字にルビがあったりなかったり、そのルビの打ち方が異なっていたり、宣言主体の団体名が「水平社」であったり「全国水平社」だったり、微妙に表記の違うものがいくつもあります。」と指摘しています。そして、水平社宣言の本文批評の本格的な研究として朝治武著『水平社の原像』を紹介しておられます(筆者は買いそびれたまま読んでいない・・・)。

「水平社宣言」が複数存在しているということは、「水平社宣言」の原本と写本が存在している・・・ということを意味しますが、それでは、「水平社宣言」の原本がどれで、写本がどれなのかといいますと、部落史の学者・研究者・教育者、あるいは運動家の間では、定説・・・、というようなものは、いまだに確定されていないようです。

吉田智弥氏がとりあげる「水平社宣言」は以下のとおりです。

(1)1922(大正11)年3月3日の創立大会でまかれた「水平社宣言」(原文?)
(2)水平社パンフレット「よき日のために」に収録されている「水平社宣言」
(3)『西光万吉著作集』第1巻に掲載されている「水平社宣言」
(4)雑誌『部落』31号に掲載された西光万吉の自筆の宣言原稿の写真版
(5)上記写真版を井上清が『部落の歴史と解放理論』で活字化して紹介した「水平社宣言」
(6)雑誌『水平』第1巻第1号の「全国水平社創立大会記」の中に収録されている「水平社宣言」
(7)崇人小学校所蔵のビラ

吉田智弥氏によると、「水平社宣言」の原文を確定することの困難さは、代々の部落史に関する学者・研究者・教育者が、誰ひとりとして、「水平社宣言」の原文の保存について関心をもっていなかったことに起因します。吉田智弥氏は、「実をいうと、当日の会場で宣言文を印刷したビラが撒かれたかどうか・・・」と、(1)の「水平社宣言」(原文?)の存在すら疑わしい・・・といいます。無為に時は流れて、「80年前にそこに立った人たちに改めて証言を求めることもすでに不可能」な時代に突入している現在、「水平社宣言」の原文を明らかにすることは難しいといいます。

それにしても、部落史の学者・研究者・教育者の、「水平社宣言」の原文に関する関心度が極めて薄く、原文を忘却の彼方に追いやってしまったことは、無学歴・無資格の筆者にとっても「残念」の極みです。

しかし、歴史上の直接の史料・伝承がない場合でも、それで、「水平社宣言」の原文が、永遠に歴史から抹殺されてしまったわけではありません。部落史の学者・研究者・教育者は、彼らの歴史研究者としての、意地と自負心にかけて、歴史学的に「水平社宣言」の原文を推定・確定する作業を遂行する責任があります。

『部落学序説』の筆者としては、まだ、目を通さなければならない文献があるので、「水平社宣言」の原文に関する論述は、今後の課題にすることにして、『部落学序説』執筆に際して使用する「水平社宣言」を、(6)雑誌『水平』第1巻第1号の「全国水平社創立大会記」の中に収録されている「水平社宣言」を<原文>として見立てて論述していくことにします。

吉田智弥氏が、「水平社宣言」を「「水平社」創立大会「宣言」」として認識していることを踏まえれば、全国水平社創立後の、雑誌『水平』第1巻第1号の「全国水平社創立大会記」の中に収録されている「水平社宣言」を「水平社宣言」として認識することが最も妥当であると判断するからです。

沖浦和光氏は、『水平・人の世に光あれ』の解説の中で、「大会前日の3月2日」、「京都の東七条」の「全国水平社仮事務所」で、「西光が起草にあたった」「宣言草案」の「原案に対して各人が意見を述べて、最終案が決定された・・・」と記しています。

その「最終案」は、水平社創立大会によって、「宣言」として採択されたわけですから、大会後の記録である「全国水平社創立大会記」に収録されている「水平社宣言」をもって原文とみなす方が自然であると思うのですが、戦後の部落解放運動、部落史研究の中では、上記の(2)水平社パンフレット「よき日のために」に収録されている「水平社宣言」の方が採用されてきたようです。

吉田智弥氏は、「水平社宣言」の本文批評をそこそにして、その関心を、西光万吉が作成した「水平社宣言」の「草案」・「原案」に移していきます。西光万吉が「水平社宣言」を起草したときの執筆意図・編集意図の解明をはかろうとします。

吉田智弥氏は、「水平社宣言」を、「水平社」の「宣言」としてではなく、それを執筆・編集した、西光万吉の部落解放思想の表出物として認識しようとします。「水平社宣言」の中から、西光万吉固有の部落解放思想を抽出しようとします。

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