2021/10/01

「同和対策事業の目的、それは差別が昔話になること・・・」

「同和対策事業の目的、それは差別が昔話になること・・・」

『昭和39年8月 山口県同和対策の概要』には、山口県における「同和地区の現況(一部)」と、「同和事業、同和教育のあらまし」が添付されています。

昭和44年(1969)の「同和対策事業特別措置法」以前と以後において、「同和対策事業」はどのように変化したのかといいますと、「同和対策事業特別措置法」以前は、「関係各省において・・・それぞれの所管行政を通じて」個別に実施されていましたが、以後は、「各省の施策」を集大成して、総合的・包括的に、いわゆる「同和対策事業」として実施されることになります。

『概要』によりますと、「同和対策審議会答申」以前の事業は、2種類あったといいます。「特別事業」と「一般事業」(筆者の用語)です。「特別事業」というのは、「直接的に同和対策事業として、特別の施策を講ずるもの」で、その事業の受益者として、「被差別部落」の人々のみが対象になります。「一般事業」というのは、「間接的同和対策事業として、一般行政のうちで行うもの」で、いわゆる「市民的権利」の保障として行われるものです。

『概要』は、「これらの事業の実施方法としては、モデル地区を設定して各省の施策を総合的に集中して行うものと緊要な事業を個々に実施する方法とがある」といいます。

山口県では、国の「同和対策事業特別措置法」成立を想定しながら、昭和35年(1960)から、「同和対策モデル地区」を設定し、山口県の「被差別部落」の「一部」の地域で、その事業が推進されているのです。

昭和35年 山口市
昭和36年 下松市
昭和37年 宇部市・周東町・田布施町・下松市(継続)
昭和38年 久賀町・宇部市(継続)・周東町(継続)・下松市(継続)
昭和39年 防府市・光市・宇部市(継続)・周東町(継続)・下松市(継続)

また『概要』は、各省毎の個別事業の実施「地区名」をあげています。丸付き数字は、地区名の実名記載をさけるため、筆者がつけた、各市町村の被差別部落の連番です。たとえば、下松市で同和対策事業が実施された地域は、①②③の3箇所という意味です。

【厚生省関係】(昭和31年~昭和38年)

都濃町 ①
徳山市 ①
宇部市 ①・②・③・④・⑤
下松市 ①・②
大和村 ①
防府市 ①
山口市 ①・②・③・④
山陽町 ①
秋芳町 ①
周東町 ①・②・③・④・⑤・⑥・⑦・⑧
田布施町 ①
光市 ①

【農林省関係】(昭和35年~昭和38年)

山口市 ①・②・③
周東町 ⑯・①・⑨・⑩・⑪
宇部市 ①・⑥・③・⑤・②・⑦・⑧
田布施町 ①

【建設省】(昭和34年~昭和38年)

山口市 ①
周東町 ⑫
下松市 ①・③
田布施 ②
宇部市 ③
久賀町 ②
田布施町 ①

【社会福祉関係】(昭和29年~38年)

田布施町 ①
周東町 ⑬・⑭・⑮
宇部市 ①・⑤・③・②・⑤・⑦・④
防府市 ④・⑤・⑥・⑦・⑧・⑨
山口市 ①・②・③
熊毛町 ①
日置村 ①・②
美祢市 ①
下松市 ①・③
徳地町 ①・②
楠木町 ①
徳山市 ①・②
秋芳町 ②・③
久賀町 ①・②
下関市 ①
光市 ①
阿東町 ①・②
豊田町 ①・②
萩市 ①区
豊浦町 ①
大和村 ②
都濃村 ②・③・④
柳井市 ①

【公衆衛生関係】(昭和28年から昭和37年)

美祢市 ①
宇部市 ③・④・⑥・①・⑦・⑤・②
防府市 ⑩・⑥・⑤・④
萩市 ①・②
山陽町 ①
秋芳町 ③・②・①
周東町 ①・⑯・⑩・⑬・⑤・⑭
むつみ村 ①
久賀町 ① ②
南陽町 ①
山口市 ①・③・④
田布施町 ①
徳地町 ③・①・②・④
柳井市 ②・①・③・④
大和村 ①・②
美祢市 ①
下松市 ①・③
熊毛町 ①
福江村 ①
光市 ①・②
豊田町 ③
徳山市 ②

『昭和39年8月 山口県同和対策の概要』によると、山口県は、「昭和27年度以降本年度までの間に環境改善事業を中心に、経済対策、同和教育の推進、同和地区の調査、同和事業の事務委託等を行い、この間3億6千8百万円の同和対策事業を進めてきた・・・。」といいます。

山口県は、「差別思想」の除去と、「部落差別」の完全解消という悲願を掲げて、12年間で、3億6千8百万円の「同和対策事業」をすすめてきたといいますが、ブログ『蛙独言』の著者・田所蛙治氏(部落解放同盟・兵庫)は、「「事業」出発時点で「地区指定」されたのは2000を超えていたと思いますが、平均して一つのムラに年額2億5000万・・・」の同和対策事業がなされたといいます。田所蛙治氏の計算では、ひとつの「被差別部落」のために投与された事業費は、田所蛙治氏がいう「30年間」で、75億円にのぼります。

12年間3億6千8百万円のときに山口県行政が抱いていた、「差別思想」の除去と、「部落差別」の完全解消という高邁な目標が、「33年間15兆円」の一連の「同和対策事業」の中で、なぜか見失われていまい、田所蛙治氏がいう、「「事業法」は「差別をなくす」ことを直接の目的にするものではありませんでした。「環境改善」や「同和地区住民の主体的力量の涵養を目指した個人給付」など、「差別をなくす」るために有効ではないかと考えられた「条件整備」の施策に過ぎなかった・・・。」という事態にどうしておちいったのか・・・、筆者は、疑問に思います。

「差別思想」の除去と、「部落差別」の完全解消という高邁な目標は、「33年間15兆円」という「同和対策事業」の全期間に渡って保持され続けなければならなかったのではないでしょうか・・・。

『概要』は、「同和対策事業」を推進しなければならない理由として、戦後の高度経済成長によって、発生した「格差」(経済と消費の成長についてゆけない層はかえって生活が圧迫せられる)の「是正」(環境改善対策・経済政策・同和教育)の必要性を訴えています。

この時代の政治家は、現代の政治家と違って、社会的「格差」を容認することができず、常に「是正」を指向していたと思われます。小泉首相は、格差社会を是認するような発言をしていますが、日本の首相みずから、政治家であることを自己否定しているような発言です。

『概要』の中で、山口県は、「同和対策事業」の目的は、「同和問題をなくすること」であるといいます。「同和問題をなくする」というのは、「差別思想」の除去と、「部落差別」の完全解消を意味します。筆者はこの表現は、非常に大切であると思っています。無くさなければならないのは「同和問題」であって、「同和地区」(被差別部落)ではないということです。『概要』に記された、「同和対策事業」の初心を忘れてしまったとき、山口県の学校同和教育・社会同和教育の中で、「同和地区」があるから差別がある、「同和地区」がなければ差別はなくなるという主張がなされるようになっていったと思われます。

『概要』は、「同和対策事業」によって作り出される「差別なき社会」を、このように綴っています。

「同和地区が
明るい住みよい環境の中で、
安定した職業をもち、
子供たちは毎日元気に学校に通い、
笑顔がいっぱいの町の中で、
差別が昔話になる・・・」

『部落学序説』の筆者である私は、「被差別部落」の人々が「被差別部落」の中に住みながら、「差別が昔話になる」、そのために、「非常民の学としての部落学」を執筆しているのです。

「33年間15兆円」の「同和対策事業」がもたらした現実と、「同和対策事業」が予期していた結果との齟齬、亀裂、破綻は、「同和対策事業」がその途上で大きく変質してしまったからであると推測されます。「33年間15兆円」の「同和対策事業」は、なぜ、「差別が昔話になる・・・」事態を招来させることができなかったのか・・・。

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