2021/10/01

歴史学者の「まなざし」理解

歴史学者の「まなざし」理解

『部落学序説』第5章水平社宣言批判の執筆を再開しましたら、この問題、多々言及することになりますので、今回は、省略します。

歴史学者の「まなざし」理解については、ひろとまさき著『差別の視線・近代日本の意識構造』(吉川弘文堂)に依拠して論述することになりますが、その巻末に、《差別の視線と歴史学》という「インタヴュー」が掲載されています。

岩波近代思想史全集の『差別の諸相』という史料集を編纂されたのが1990年、このインタヴューがなされたのが1997年、7年が経過しています。

ひろたまさき氏、成田龍一氏に、「1990年に『差別の諸相』という史料集・・編集の意図を聞かせていただけますか」と問われて、このように答えています。「弱りましたね。自分の仕事は自分で評価できなし、7年も前の仕事について語るのは面映ゆい気がします」。

筆者、『部落学序説』の付論(あとで執筆予定であったテーマを先取りして論述したもの・・・)で、2001年佐賀市同和教育夏期講座の講師・藤田孝志氏の講演録を批判検証してきましたが、7年も前の講演録、しかも、2002年は、すべての国の同和対策事業・同和教育事業が終了宣言を出され、学校同和教育も学校人権教育へ移行していった年の前年ですから、藤田孝志氏にとってはさぞ、迷惑だったことでしょう。

その講演から7年、研究熱心・教育熱心な、岡山の中学校教師・藤田孝志氏にとっては、無為の日々を過ごして来られたのではなく、常に、同和教育・人権教育の先端をはしるべく研鑽に研鑽を重ねられ、2001年の講演は、すでに、時代遅れの過去のもとになっているのかもしれません。

ひろたまさき氏は、7年前の「自分の仕事は自分では評価できない」と発言しておられますが、岡山の中学校教師・藤田孝志氏は、常に、「自分の仕事は自分で評価」しておられるようです。

そのインタヴューの最後で、ひろたまさき氏、「最後にお伺いしたいのですが、新しく、いま、二〇世紀末に『差別の諸相』を編集されるとすれば、どのような論点と現象を提示されるでしょうか」と問われて、「むつかしいですね。7年前とそんなに現実は変わっていませんからね・・・、数カ所は変えるとしても全体としては同じものになりそうですね。」と答えておられます。

それは、ひろたまさき氏が、その研究計画の長期展望に立って話をされているからでしょう。「日本人論そのものがどういう差別の構造を生みだすかを明示しうる史料・・・、被差別者が差別者の視線を内面化していく過程や、それにあがらう過程を示せるものを集めたいですね」。

そして、こう言われます。「つまり、被差別者の解放が差別者と同化することによって果たせるのか。私はそれは絶望的であって、差別者も被差別者も変わっていかねばならない第3の道をさぐるしかないのではないかと思っているのですが、そういうことをさぐれる史料がほしいですね」。

そして、そのインタヴューをこのよなことばで締めくくられます。「研究者としての私自身のあり方も問い直されることになるでしょうね」。

筆者の『部落学序説』とその関連ブログ群・・・、ひろたまさき氏の<歴史学>的研究を、<部落学>的研究として、研究対象を<史料>に限定せず、<伝承>まで含めて、先取りした<試論>です。

時代の流れを見つめながら、時代に翻弄されることなく、歴史学者として、ねらいさだめた研究目標に向かって、着実に邁進されるひろたまさき氏の姿勢・・・、無学歴・無資格、すべての学問において門外漢でしかない筆者でも、信頼感と尊敬心を持つことができる学者・研究者・教育者のあり様です。

同じ7年でも、その受けとめ方は様々です。

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